おおつごもり 「ぶわっはっはっはっは。現れたな、仮面ライダー! この酒呑童子様に盾突こうとはええ度胸や。一口で食ってくれるわぁ!」 そっくり返って腰に手を当て、いかにも悪者っぽく台詞を決めた。と、腰のあたりから舌足らずな返事が返ってきた。 「タテツク、って、なに?」 ありゃ、ちいとむづかしかったかいな、と目の前の仮面ライダーの面と向かい合うように屈み込む。 「坊、たてつくいうんはな、言う事聞かへんちゅうことや。」 あ、そか、と肯いた身の丈100cmちょっとの仮面ライダーは、おもむろにト、と掛け声をかけてこちらの向うずねをぱふりと蹴りつけた。 ギャァッとわざと大袈裟に悲鳴を上げ、派手に倒れてやる。縞の靴下を履いた小さな足が頭の横をぐりっと踏みつけた。 「マイッタか、ステンドージめぇ」 へえへえ、参りましてございますぅ、と殊勝な声を出して見せる。プラスチックの面を外して、丸い顔が満足そうに笑った。 「ジャ、ケライになる?」 なんやももたろさんみたいやな、と笑いかえして起き上がった。 へえ、親分。家来は何すればええんや? 「ゴホンよんで。」 やれやれ、ようやく仮面ライダーごっこ終わりかいな、ああ、しんど、とその場に胡座をかいて座り直す。 「お安い御用や。好きな本持って来。」 子供の両親も家人も、今日は朝から忙しい。 掃除だの片付けだのだけなら自分の右に出るものはいないのだが。 なにしろ新年を迎えるために家中の邪気を祓って清めるわけで、そればかりは自分がいるといささか不都合である。 というわけで、これも野放しにしておくとお邪魔になるだけの幼い当主の一人子を託されて、丸一日をおおっぴらに子守に費やすこととなったわけである。 子供の相手は楽しいが、普段あまり遊び相手をしてやると子供の傍近くに仕える家人がいい顔をしない。だから、これはええわ、今日は一日遊んでやるさかいな、と張り切ったのはいいが、午後も遅くなってそろそろ息切れがしてきたところだったので「親分」の要求は渡りに舟だったのだ。 冬至が過ぎて少しずつまた日が長くなってきたとはいえ、まだまだ日の落ちるのは早い。 午後5時を回ると既に窓の外はとっぷりと暮れている。 (ああ、今年も終わりやなあ。) 今年は随分いろいろなことがあった、と、首を巡らし、窓の外の闇を見るともなく眺め暫し物思いに沈む。 先代の鬼使いの死、三家の半ば争いにも似た協議、永く連れ添った相方との別離…・ (うん、激動の一年やったわ。去年の今ごろはこないなことになるとは想像もせんかった。) ユミちゃんと離れて暮らす事になるなんてなあ。 しかし、それほど辛くもなく寂しくもないのは、いとおしい相方が望んだ相手の元で大切にされて暮らしているらしい事と、この家で自分にあっという間に懐いた小さな存在の所為だ。 「ヒジリー!」 そら、ももたろさんの御帰還や、と振り向いて微笑みかける。「カメンライダーだヨウ。」と、小ぶりな本を大事に抱えたちっちゃなヒーローは口を尖らせた。 せやせや、せやったな、と、さっさと胡座の中に収まった主の総領息子の頭をくしゃくしゃと掻きまわす。 佐穂子と千冬、どちらに似ても多分こうなるだろうと思われるヤンチャ者の4歳児は、しかし存外に利発で、ヒーローごっこも好むが結構複雑な物語も理解する。 それに気付いて、どたばたと暴れる遊びの相手の合間にちょくちょくお話の時間を挟んでこうして骨休めをするようにしたのが功を奏し、今ではすっかりこちらも読み聞かせが板についてしまった。 「で、何もって来たん?」 コレ、と差し出された表紙は見覚えがあった。 「はあ、この本知っとるで。まだあったんやなあ。」 短いお話がたくさんはいっとるで。乳母さんとコドモたちのお話や。どれでもええか? 顎の下の小さな頭がコックリと肯いた。すでに口を噤んでお話を聞く体勢に入っているらしい。 「なら、今日は大晦日やし、丁度ええ、大晦日のお話にしよか。」 すえながくしあわせに 「モウおしまい?」 タイトルを読んだ途端に子供が不満そうに声を上げた。 ちゃうちゃう、これが題名なんや。そか、末永く幸せに暮らしました、っていって終わるお話多いさかいな。坊は賢いなあ。 お話はこれからやで。 大晦日寝る前に玩具を並べ絵本を開いておく乳母。 子供が、古い年はいつ終わるのと聞く。乳母は、鐘が12を打ち始めた時と答える。 「カネって、おテラのカネ?」と怪訝そうな口調が挟まれる。 せやな、除夜の鐘とは違うけどなあ。西洋の話やさかい仕方ないわ。 せやけど、表玄関におっきなボンボン時計あるやろ?あんな感じでお寺の鐘が夜中にゴンゴン鳴ると思いや? 子供が新しい年はいつ始まるのと聞く。乳母は、12を打ち終わったときと答える。 では、その間は? 乳母は答えない。 「アイダ、どっちなの?」 今わかるからきいとり。ちゃーんと答え書いとるさかいな。 やがて真夜中、ビッグ・ベンが12を打ち始めると同時に、玩具が動き出し、絵本の中の人物が本を抜け出す。 ついていった夜中の公園での深夜の舞踏会は、物語の中での敵同士が仲良く抱きあい笑いあう、この世にありえない場所だった・・・・ 『夢のような話だな。』 奇妙に懐かしい声が記憶の底で呟いた。 一瞬、喉に何か生暖かい塊が詰まったような気がした。 幸せになりましょう 末永くしあわせに! そして、12の鐘が打ち終わり、参加者たちは幻のごとく消え失せる。 気がつくともう朝で、子供たちは皆自分のベッドにいた・・・・ 胡座の中で身を乗り出していた子供は、ほうっと息をついて胸に凭れてきた。 「おウチ、かえってキタね。」 せやな、ちゃんと朝までに帰らんとな。お母はんが心配するさかいな。 で、どないする?もひとつ読もか?それともほかの本持ってくるか? そこに、夕食の支度ができました、と二人分の膳が運ばれてきて、読み聞かせの時間はお開きになった。 結局、夕食までに終わるはずだった佐穂子の仕事は夜半までずれ込むことになった。 お母はんは今日は遅くまで忙しいさかいな、今日はヒジリとねんねしよな、と夕食後風呂に入れながら子供に言って聞かせる。子供はいささか不安げに「おカアさんイナイの?」と口角を下げた。 (うわ、泣きそうや。遅くなるようなら前もって言ってきかせんかい、佐穂子のアホ。坊がかわいそやないか。) 内心いささか困ったなと思いながらも態度には表さずへらっと笑ってみせる。 明日はもう正月やさかいな、お母はんもお仕事お休みや。きっと一日坊の相手してくれるで。お父はんもや。ええなあ。 せやから、今夜はヒジリとな? 「ウン、わかった。」 よしよし、坊は聡いな。さ、20数えたらあがろな。 普段まだ母親の添い寝で寝ている子供は、小さな頭をこちらの腕の付け根に載せて居心地よく自分の躰と腕との間に収まった。手首に触れる小さな手も、膝のあたりにちくちくとさわる爪先も、全身がほっこりと暖かい。 (はは、まるで湯たんぽやな。せやけどこれは肩凝るわ。) 静かに息をしている子供を腕の中に抱えて、ぼんやりと暗い天井の梁を見上げる。 (ユミちゃん、どないしてるやろなあ。) もう何年も前に、あの隙間の話をして聞かせたことがあった、と、さっきの話を改めて思い返す。あそこを読むまですっかり忘れていた、甘苦い記憶の中の光景。 やはり大晦日の夜だった。二人で暮らすマンションのベランダに出て新年を迎えたあの時。 『普段敵同士なもんまでが皆、互いに愛し合って末永く幸せに暮らすんやて。』 そう言った自分の言葉に、弓生は不思議に遠い眼、何かに焦がれるような眼をして、 『夢のような話だな。』と言ったのだった。 独りでどこかに行ってしまうような気がした。 独り置いていかれてしまうような気がした。 それでもあのときは、彼と本当にこんなにも遠くに離れてしまうとは思いもしなかった。 ふうっと溜息をついて眼を閉じる。 (埒もない。香川なんか眼と鼻の先やないか。俺なんでこんくらいのことで気鬱になっとるんやろなあ。) 自分以外のものが弓生を独占することに感じる僅かな痛痒が、ちょっとしたきっかけで独りきりの堂堂巡りを始め増幅されて、夜の間中こうして神経を苛んで心を眠らせてくれないのだ。 (あかんなあ。今夜はもう寝られへんわ。) 「ヒジリ?」 胸に抱いた子供が不意にくぐもった声で言った。 瞑い物思いに沈んでいたのを一気に醒まされる。まるで子供に見透かされて弱気を叱られたような心持がしてきまりが悪く、不必要に明るい声で返事をする。 なんや?まだ寝とらんかったん? うん、と子供は眠たげな声で答え、もぞもぞと腕の中で姿勢を変えた。 「スエナガク、ってどのくらいナガいの?」 せやなあ・・・・百年か、千年か。 死ぬまでやな。 ふうん、と子供は安心したようにこちらに背を向けた。 「シヌまで。ズイブンながいねえ。」 せやな。随分長いわ。ほんまやなあ。 安心したかいな?もうお休み、坊。 「ウン、もうネる。」 間もなく寝息を立て始めた子供の暖かい重みを腕に感じながら自分も眼を瞑った。 随分長い。 その通りだ。離れて暮らすのはごく一時のことに過ぎないのに。 今まで、そしてまた将来、自分たち二人どちらかが死ぬまで、互いに互いしかいないのに。 そうやって一生の伴侶を用意して貰ったのに。 何を血迷って自分はこんな短い時間のことで思い悩んでいたのだろう。 ふふ、と笑いが洩れる。自嘲ではない、安堵の笑い。 (どんなに離れとっても、生きている限り、俺はユミちゃんのもんやし、ユミちゃんは俺のもんや。) なあ、ユミちゃん。 彼方の空の下にいて、多分自分のことなど考えていない相棒に心の中で呼びかける。 幸せにな、と。 その時その時を幸せにな、と。 誰もいなくなっても、俺が必ずいるから、と。 そして。 ・・・・お休み。来年も幸せでありますように。 |