後朝




 ざっという音とともに、不意に瞼の裏が白く染まった。
  咄嗟に枕に顔を埋めて光を避ける。
(眩しい。)
 一瞬間をおいて、そこが自分のいつもの寝床でないことに気がついた。
(ここは?)
 恐る恐る手足を伸ばす。肌に触れる滑らかなシーツの感触。微かに残る自分以外の体温。
 寝返りを打った肩、直に布地が滑る感触が、一気に記憶を再生した。 前夜の行為を。情人に抱かれた己の痴態を。
 外で逢うのも初めてなら朝までともに過ごすのも初めてだった。
永遠に続くかと思われた情事に綿のように疲れ果てて、寄り添う体温を心地よく 感じながら陶然と眠りに落ちたのがつい先程のような気がする。
 ・・・・・傍らには誰もいない。




(帰ってしまったのか。)
 幾分寂しいながらも、正直ほっとしたとき、突然背を向けた窓の側から聞き慣れた声がかかった。
「ようやくお目覚めだね、御景の。」
 からかうような、見下したような、いつもの口調。はっと首を巡らすと、既にき っちりと身繕いを済ませた達彦が窓の傍の壁に凭れ、腕を組んで自分を見下ろしていた。


 慌てて上半身を起こす。頭の中の血が一気に動いたように耳鳴りがして、激しい眩暈に目頭を抑えた。
 ああ、何も着ていないのだった。このままで起き出すことはできない。起きない わけにもいかない。この情人が面白そうに観察している眼の前で、見苦しいさまは見せたくない。
 面を伏せ、起き抜けでまだ働かぬ頭を必死で巡らせてどうしようかと考える。腰 の周りにたまって乱れたシーツの白さに朝の光が反射して眼に刺さる。
と、ばふりと肩にバスローブが着せ掛けられた。
 内心その気遣いを有難く思いながらも、終始無言で袖を通し、前を掻き合わせな がらベッドを降りる。
みっともなくならない程度に急いでバスルームに逃げ込もうとした背中に、情人はくすりと笑って、
「そんなに照れなくてもいいだろうに。」
と言った。
「かわいいひとだ。」
 昨夜何度も囁かれた睦言を、繰り返された行為を、その一言でまた思い出して耳まで赤くなったのが自分でもわかる。せめて顔を見られまいと俯いた視線が、書き物机の上の便箋に留まった。




 鉛筆で荒く描かれたスケッチ。 無造作に描かれた男の横顔は、夢見るように眼を瞑り口元に微かに笑みを浮かべ ている。
 見たことの無い貌。
 それはしかし、紛れもなく自分の眠る顔で。
「あまり君が眼を覚まさないからすっかり退屈してしまったよ。」
 おかげでこんないたずら書きをしてしまった。
 君が素直に優しい顔を見せてくれるのは眠っている時だけだねえ。

 ・・・・・見慣れた自分の貌。見たことの無い自分の表情。 家同士の確執、圧倒的な力の差。せめて表向きだけでも対等であろうと精一杯虚勢を張ってこの相手に接する自分。
好むと好まざるとにかかわらず自分が背負うもの纏うもの全て。
 無防備な寝顔のスケッチは、それら一切、何もかもを丸ごと包み込んでいとおしむ空気を孕んで、この胸に重く沈み込む。
「私達はもう逢わない方がいい、神島の。」


 ・・・・・そうかもしれないな。私もそろそろ歯止めが利かなくなりそうだ。君のこんな顔を永遠に独り占めしたくてもう気が狂いそうだよ。
 そして結局私達二人とも家を捨てる気はさらさらないのだし。私達の意思だけで はどうにもできないし、する気もないしね。
 ・・・・止めにするしか仕方がないのだろうねえ。

 首筋を掠めてすいと情人の手が伸びて来て顎を捉え、触れるだけのくちづけを落 とした。
 振り払って顔を背け机に両手をつく。背後で静かな溜息、ドアの閉まる音。 俯いて目の前の素描を見つめた。鉛筆で描かれた線が震えて滲んだ。



「さよなら」
 己に素直な自分への、それが別れの言葉だった。




柚乃さまの出されたお題「相手の顔をスケッチする達彦か眞巳」に応じて蓮が書いた短文に、
柚乃さまがそれは綺麗な挿絵をつけて、GARDENIAさんにアップしてくださいました。
先般柚乃さまがPCの故障によりサイトを閉鎖される際に、文章・挿絵併せて当館に飾るよう申し出てくださったものです。
暫くお帰りを待っておりましたが閉鎖から2ヶ月を過ぎましたので、お申し出に従いこちらにアップさせていただきました。
でもまだ私はあきらめておりませんよ!
柚乃さま、お早いお帰りとサイト再開を!!
・・・・・・アップしてあったページ、見える範囲内は全てダウンロードして保存してありますから〜