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回帰
「なあ、起きてや・・・」
仕事が長引いたのであろう。明け方、疲れた顔をして帰って来るなり蒲団に潜り込んだ高遠を起こすのは忍びなかったが、寝入っている肩を強引に揺さぶる。
「うるさい!」
掛けた手を払いのけ、ごろりと背を向けられてしまった。
「頼みがあるんやけど」
いつになく殊勝な声に、顔だけをこちらに向けた高遠を覗き込みながら
「お客さんが来とんのやけど相手してくれん?急なことやったんでご飯の用意をしてへんのや。作る間でええ、なあ頼むわ高遠」
と拝み倒し、仕方なさそうに体を起こす相方を見守る。
「なんだこいつらは」
そこにいたのは数人のぼろを身にまとう痩せこけた姿の子供たち。みんないっせいに高遠に期待のこもった視線を向けた。
「お兄ちゃんが遊んでくれるの?」
「何して遊ぶ?」
「肩車・鬼ごっこ・かくれんぼ」
子供たちのはしゃぐ声が、草原に響く。
食べ物に不足したひょろりと細い手足が、元気良く地面を駈ける。殴られて痣になった顔が、輝くような笑顔を浮かべる。
「ねえ、次は何をして遊ぶ・・・」
散々、あれだのこれだのと今までした事もない遊びに付き合わされ、昨日の疲れもあいまって地面に大の字になった高遠の耳元で、長く伸びた草がサワサワと音をたてた。目の前には真っ青な空が拡がり、何処からか雲雀の囀りが近く遠くに聞こえる。
今までの煩さが嘘のように一瞬音が途切れ、強い風が草原を走っていく。
「行ってしもたな。よっぽど楽しかったんやろご飯も食べんと」
いつの間に来たのか、傍らにおにぎりを持った鬼同丸の姿があった。
「ちょっと持っとってな」
ひょいと握りたてのおにぎりを渡された。手のなかに暖かな温もりを感じながら、ぼうぼうに伸びきった草をあちこち掻き分け何かを探している鬼同丸の後ろ姿を眺める。
「あった、ここや」
彼のしゃがみ込んだ先には誰が作ったのか薄汚れ色あせた、だが思いを込めて作られたのであろう涎掛けが巻きつけられているお地蔵様があった。
「仰山食べ」
その小さなお地蔵様に、山盛りのおにぎりをお供えする。
「思いっきり遊ぶことも、お腹一杯食べることも出来んでは成仏も出来へんわ。今度は幸せになるとええなぁ。今日はたくさん遊んで、たくさん食べさせてやろと思ったんやけど・・・遊んだだけで満足したんやな」
小さく呟く鬼同丸の声を聞きながら、先程までの賑やかさを思う。
涎掛けはあの子らの親の手によるものなのだろうか
長い時放置され何の供物もなく、子供達は何を思って向こうを見ていたのだろうか
あの子達はいつか救われるのだろうか
まるで、ここは賽の河原のようだ、と周囲を見回す。
―――胸が痛いーーー
そんな高遠の気持ちを察したかのように鬼同丸がこちらに顔を向け、笑みを浮かべた。
「高遠、ありがとうな」
「礼を言われるようなことは、してない」
無愛想にそう答えると後ろを向いてしまう。
翠色の波間と明るい青空の中で、長く艶やかな黒髪を風にあそばせている高遠の姿が、眩しく目に映る。
「あのな高遠、地蔵さんて昔はちゃんと髪もあって普通の菩薩さんやったんやな」
「そうだ、本来は……珍しいなお前がそんな事を・・・」
「高遠は地蔵菩薩みたいやな、と思ったんや」
高遠は絶句して相方を見下ろす。
「だって、あの子らと遊んでくれたやん」
「俺は・・・」
「わかっとる。でも、ええやん!あの子らと俺がそう思ぅても・・・」
そう言うと、鬼同丸は下を向いたまま手に持っていたおにぎりをほおばる。
「高遠も食べや」
渡された手の中のまだ暖かいおにぎりを握り締めながら、ゆっくりと鬼同丸の横に座りなおした。
鬼同丸は嬉しそうにこちらを見て、残りのおにぎりを一口で食べてしまう。
「よかったなぁ高遠、俺たち長生きできて!」
「―――」
「あの子らとまた逢えるかもしれないやん、今度は幸せになっていてほしいなぁ」
そんなことは、期待できるのだろうか
「もし、また・・・同じこと繰り返したら。高遠、救ってや」
ぼんやりと草波に視線を漂わせていた高遠は、驚いて鬼同丸の顔を見た。
「俺たち、死ねへんのかなぁ・・・」
期待ーーそれは、自分自身への問いかけだったのか
自分たちは現世に存在し続けていいのかと問われているように思え、高遠は何も言えなかった。
黙ったままどのくらいの時がたっただろうか
「・・・帰ろうか?」
立ち上がり、裾についた草を払い落とす。そして、身じろぎ一つしない高遠の腕を強い力で引きあげた。
「帰ろう、俺たちの家に」
何故このような存在になってまで生き続けているのか
何処まで行けばいいのか
しょうがない事だと考えるのを止めてここまで来た
救済を求めて、死を願ったこともあるが、今のこのささやかな幸せに生きて行きたいと願うことを許されるだろうか
隣を力強く歩く彼と共に
「明日から急ぎの仕事が入っている」
いつもの口調でそっけなく腕を振り払う高遠。
「え、そんなこと聞いてないで・・・明日は、大掃除をしようと思っとったのに」
唇を尖らせながら、文句をいう鬼同丸。
「これからいくらでも・・いつでも出来るではないか」
思わずそう答え、その自分の言葉に一瞬戸惑っていると鬼同丸も歩みをとめ惚けたように高遠の顔をみていた。そして、すぐにいつもの豊かな表情で
「せやな!大掃除はいつでも出来るんや、なぁ、高遠」
まるで太陽のような笑顔を惜しげもなくさらし、軽快に歩きだした。
ふと、背にあたたかな気配を感じ、そっと振り返る
草原のなかで、小さな地蔵がずっと自分たちを見送っているかのように静かに佇んでいた。
創作ユニット ホワイトニューさまから、美しいSSを頂きました。
お二人の初高遠・鬼同丸でしょうか?
しみじみで、ほのぼので、とっても素敵です!
ホワイトニューさま、どうもありがとうございました。
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