| 「ああ、暑い暑い。高遠、今戻ったで。」 食料の調達のため朝から里に下りていた。野菜やら干魚やらぎっしりと背負子に詰め込んで足元の悪い山道をひたすら歩き、仮住まいしている山家にようやっと帰り着いたのは、もう日も傾きかけた時分である。 変わりなかったか、腹すいたやろ、と家の奥に声をかけながら荷を下ろして、不意に気がついた。 応えがない。 「・・・・・高遠?」 日頃から愛想のない、無駄な口を利かない相方ではあるけれど、呼べば応えないということは決してない。 「高遠!」 このあたりも最近は物騒になってきている。里近くで追剥が出たという話を聞いてきたばかりで、いやな予感が脳裡を駆け抜ける。 たった二間の小さな家、夜は寝室になる奥の部屋で、朝自分が出かけるとき高遠は窓際の文机に向かっていた。書物に熱中するあまり、侵入者に気付かなかったのではないか。気付けば決して人間如きに傷つけられるような高遠ではないけれど、気付かずに無防備に背を向けているところを後ろから忍び寄られて喉首を掻き切られて・・・・ 履物を脱ぐのももどかしく振り捨てて足音荒く駆け込みかけた奥の間の戸口で、しかし、危うく立ち止まった。 文机の前の板張りの床に、高遠は仰向いて眠っていた。 (なんや、昼寝かいな。) 心配しただけにすっかり拍子抜けして、大きく息をつく。 人がいちんちじゅう歩いとったのに、暢気に昼寝かいな、と、いささか八つ当たりのようにぶつぶつと愚痴をこぼし、それでも起こさぬようにそっと後ずさりして立ち去りかけたとき、高遠が微かに顔を歪めてしゃくりあげるような呼吸をした。 思わず足を止めて息を殺す。 (・・・夢見て、泣いとる・・・・) 眠ったまま肩を震わせて、息遣いだけで泣いている高遠を、起こしてやらねばと思いつつ、しかし声をかけてはいけないような気もしてしばし逡巡する。 高遠が主の死の夢を見てうなされることは偶にあることで、そんなときはいきなり雷が落ちてきたりして危険なので早々に揺り起こすのだが、今日はいつものそれとはどうも雰囲気が違う。 (も少し様子みよか) そっと戸口から足音を忍ばせて離れた。 里から持ち帰った大根を炊いて、さあ、夕餉の支度ができた、と再度奥の部屋を覗く。 高遠はまださっきの姿勢のまま、ぼんやりと虚ろな眼つきで天井を眺めていた。 作り物のように動かぬその姿の中で、右手の指だけがゆっくりと、床に乱れて拡がった黒髪を絡めて弄んでいる。 「なんや高遠、起きとったんかいな。」 ほっとして声をかけると、高遠はこちらを見るでもなく、ああ、と言った。 「どないしたん?寝すぎて頭でも痛むんか?」 「夢を見た。」 どきり、とした。 「ど、どないな夢や?」 声を立てずに泣いていた高遠の様を思い出し、それを目覚めてからずっと反芻していたのかと胸が苦しくなったが、高遠は意外なことに、あらぬ方を眺めながらふんわりと微笑った。 「おかしな衣を着て、違う名前で呼ばれていた。」 髪も短く切られて・・・・と、髪を絡めた指がその存在を確かめるように握られまた緩む。 「奇妙な赤い髪の鬼使いと暮らしていた。」 「俺と暮らしとらんかったんか?」 さて、お前はいなかったな、と呟いて高遠はまたほんのりと笑った。 「何やそれ。俺はその程度の扱いかいな。」 だが、何故そんな夢で泣くことがある? 「夢の中で、私はその男が好きだった。」 その男も私を好きだったようだ・・・・と高遠は眼を瞑った。 鬼使いと暮らして愛して愛されて。高遠の見た幸せな夢の行き着く先に、しかしはたと思い当たる。 何故高遠が泣いたのかも。 (また置いて逝かれたんか・・・) 「なんでそないな夢みたんやろなあ?今まであったことと違うんか?」 いや、とにかく格好が変だった、あんなに髪を短く切ったことはないからな、と高遠は目を瞑ったまま答えた。 「これからあることなのかも知れんな。」 「俺たちには先見の力なんぞあらへん。ただの夢や。もう忘れや?」 ああ、と溜息のような返事、そして高遠は眼を開き、 だが、私はその男が好きだったのだ と優しい目つきをした。 こんな素直な物言いをする高遠を初めて見る。夢の中のその奇妙な風体の鬼使いに並々ならぬ嫉妬を覚えながら、一方で、高遠にこんな優しい眼をさせる、そんな暮らしが将来あるのだとしたらそれはそれで善いことかも知れない、と思った。 「・・・そか、幸せだったんか。なら本当になるとええなあ。」 自分たちが還るべき未来を垣間見たのなら。 ・・・そして、その先にあるものについては、口に出さなかった。高遠も自分も。 |
GARDENIA 柚乃さま より、キリ番1000ヒットで、高遠のイラストを描いて頂きました。
頂いたイラストがあまりにツボで、管理人が高速回転して書き散らかしたSSを、ちょっと添えてみました。
柚乃さま、どうもありがとうございました。
ちなみに、柚乃さまのお許しを頂いて、別館に、このイラストの原図に別館管理人が別のSSをつけたものを飾ってあります。
併せて御覧下さい。