読  書




ちゃりちゃりと、玉砂利を踏む歩幅の小さな足音が近づいてきた。
「弓生さん」
縁側の隅の柱の陰から、ひょこっと丸い顔が覗いた。


穏やかな小春日和の午後である。2時を過ぎてそろそろ日が傾きかけた時分である。
珍しく1人きりの休日、うらうらと明るい表の陽気に誘われて縁側と座敷を隔てた障子を開け放し、畳に転がってうつらうつらと昼寝をしていた。その縁側に今しも上がってこようとしているのは、母屋から庭を伝って来た幼稚園児である。
「おや、どうしました、要さま。」
世話係から、ここに来てはいけないと言われているはずなのに、この子はこうしてよく庭伝いに忍んで来る。まるで母屋には遊び相手がいないかのように。
・・・・・いないのかも知れない。


「弓生さん、ごほんよんで。」
子供は大切そうに抱えてきた絵本を差し出した。
どれどれ、と体を起こす。まだ半分眠りかけのはっきりしない頭で差し出された絵本を手に取る。表紙の大きな虎猫の絵に見覚えがあった。
おじさまがかってきてくれたんだけど、ばあやがよんでくれないんだよ、と子供は口を尖らせる。世話係が読んでやらないのは何故か。この子はもうこの程度の字は読めるからだ。
どうもあの世話係は合理的に過ぎる嫌いがあるな、と思いつつ。
「ばあやさんはきっと忙しいのでしょう。あちらで読んであげましょう。」
隣の洋間のソファに導き、並んで坐って、子供の膝に大判の本を開いた。


「100万年も しなない ねこが いました。100万回もしんで、100万回も生きたのです。」
子供は早くも絵に見入っている。その頭の上から自分は文字を覗き込み声で辿る。
子供の柔らかな細い髪が目の前に小さくつむじを巻いている。


               


「あるとき、ねこは、王さまのねこでした。ねこは、王さまなんか きらいでした。 」
百万人の飼い主の誰をも愛さずに百万の生を生きた猫は、あるとき野良猫に生まれ変わる。
初めて己自身の主人となり、ついに自ら進んで愛する相手を見つけたとき。
「ある日、白いねこは、しずかにうごかなくなっていました。」
死んだ連れあいを抱き、百万の生を経て初めて泣く虎猫の涙を、子供の細い指が、拭うように辿った。


そして最後の頁。
「ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした。」
子供の口元が何か言いたげに動く。この子には、何故猫が二度と生き返らなかったのか判るだろうか。
・・・・・何故猫は二度と生き返らなかったのだろうか。
愛するものを得て百万回の空虚な生が満たされたゆえについに死ぬ事ができたのか、愛するものを失ったゆえにそれ以上の生に耐えることができなくなったのか。


「しろねこといっしょにいったんだね。」


子供が、くーっと伸びをしてソファの背に凭れ、満足そうにため息をついて言った。
ああそうか。
そうか。


「そう、どこまでも一緒に行ったんですね。」
愛するものと一緒に。いつまでもどこまでも。
不思議なくらい安らかな気持ちになって、その言葉を胸の中で反芻した。


遠く奈良の空の下で、自分の白猫がくしゃみをしたような気がした。




胡太郎さまからとても可愛らしいイラストを頂きました。
冬の日の弓生さんと要ちゃんです♪ほのぼのと暖かい優しい空気が画面のこちらまで伝わってきます。
折角なので、蓮が、お邪魔な駄文をちょっぴりつけさせていただきました。
胡太郎さま、どうもありがとうございました。