術者と鬼・そしてその相棒


香り高いコーヒーを一口含み、ほっと息をつく。
くつろぐことの出来る、安心できる空間。

昼下がり。

ついつい居着いてしまう心地よさに、普段から笑っているように見える顔を更に弛めて高良は笑んだ。



「でも、お二人はずいぶんと長いこと一緒にいるわけでしょう?」
「そうなんやけど、顔見とると何も言えなくなるもんや」
目の前には関西弁の青年。まだ少年の面影を残してはいるが、こう見えても千年は生きているという。歴史の生き字引、しかし全くと言っていいほど覚えてはいないという鬼名「酒呑童子」こと「戸倉聖」。持って生まれた性格なのかお気楽で天然ボケの言動で混乱させる鬼。
「そういうモノなんでしょうかねぇ」
そうそう。と頷く聖。それを見遣って高良はこの話題に上っている人物の顔を思い浮かべる。酒呑童子よりも年長の鬼名「雷電」こと志島弓生。
沈着冷静で、怜悧な面差しの美青年を。闇よりも濃い色の瞳を持った彼の人。気をつけて扱わないと壊れてしまうのではないかと、つい危ぶんでしまう、儚いヒト。
「志島さんはあれで結構、優しい人だと思いますがねぇ」
「何言うてんのや〜。ユミちゃんはなぁ、優しすぎんのや」

優しいから、傷つくのを恐れて殻に籠もってしまう

「ユミちゃんのココロはな、硝子よりも脆いねん」

はあ〜。と相棒の美貌を思い出し、余韻に浸る聖はため息をついた。
「壊れやすいんですねぇ。ならば大切に扱わないといけないんじゃないんですか」
硝子細工は脆い。透明でとても美しいけれども。
高良は首を傾げて聖を見遣った。
「そうなんやけどな、ユミちゃんは自分に厳しいやろ?自分で壊していくタイプなんや」
「はぁ。自虐的精神傾向が強いということでしょうか」
「ん?なんやて?ジギャクテキセイシン?」
聖が高良の顔をのぞき込む。
「自滅するタイプですね」
コーヒーカップを持ち、お茶を啜るかの如く飲み干す。
「あ、おかわり頂いちゃっても宜しいでしょうか?」
「……かまへんで」
ソファから立ち上がってキッチンへと赴く。コーヒーメーカーから香ばしい液体を注ぎ込み、ふと思い立つ。

そういえば。志島さんは珈琲が好きでしたねぇ。

「……昔の人なのに、お茶よりも珈琲の方が好きなんでしょうか?」

それともお茶を飲み過ぎて飽きてしまったのだろうか?
などと戯けたことを考えてみる。

「あ、」

使われていないカップを発見して高良はついつい手を伸ばしてみる。陶器のカップはどことなく気品がある。食器のことはあまり判らない高良であるが、コレが如何に高級なものかぐらいは、すぐに判った。しかも、なぜか一つだけ。対のものはない。

つまりは……専用(?)なのでしょうか。

動かしたのがバレないようにゆっくりと元の位置にカップを戻す。


「――な〜にしてんねん」


リビングから顔を出してきた聖に酷く驚き、高良は言葉をなくした。ちょうどカップから手を離そうとしていた所だったため、手元が狂い、カップは音を出して戸棚に納まった。幸いな事に割れることはなかった。
「お、驚かさないで下さいよぉ」
「驚いたのはこっちやわ。何してんのや?」
聖は腕組みをして高良を見据えている。
「いやぁ、良いカップがあるなぁと思って見ていたんですけど。これは志島さんのなんですかねぇ?」
「ん〜?そうやけど……」
聖にしては歯切れの悪い答え。
「お二人で使用しているとか?」
つい興味が湧いた。
「あほか。カップを共同で使う奴がどこにおんねん。―――ユミちゃんへの贈り物や」
「はぁ、志島さんに高級なティーカップを」
「コレ高いんやろ?使うてないけど、捨てられへん……。俺って貧乏性なのかもしれへんな〜」
使っていないとは、勿体ない。高良は視線をカップに移して首を傾げた。
――――いや、誰が送り主なのだろうか?二人で住んでいるのに弓生だけにプレゼントだなんて。
「自分から壊すいうのも、ど〜も気が引けるねん……」
聖は困ったように溜め息をついた。

それって、僕に壊して欲しかったということなんでしょうか??


高良は「あはは」と声を出して笑った。
「でも志島さんへのプレゼントなんて。隅に置けない方ですねぇ」
聖は暢気に笑った高良を一瞥するとカップに視線を移す。
「これなぁ、達彦からやねん」
高良は思わず言葉をなくした。が、表情がいつもと変わらないために動じていないように見える。
「なんで俺にはくれんで、ユミちゃんにはあげるんやろなぁ。別に、そないなカップなんか使うたくないけど……」
なんせあの神島達彦からのティーカップ。誰が好んで使うものか。
「これでも色々考えてみたんやで?実は呪われているもんやったとか、どうしても捨てられなくて俺らんトコへ厄介払いしたとか………」

もっとふつうの理由は考えないんでしょうか?

高良は無言で聖のへ突っ込みを入れてみる。しかし、達彦の人柄を考えてしまうと「ふつう」という思考が当てはまらない人物だけに………間違った表現かと思ってしまう。

ふつう。
ふつうですか………?
他人にモノを送ると言うことは。

高良はふいに首を傾げた。


【その1:ある日の神島家】

(雷電、お前にコレをあげよう)
(……なんでしょうか?)
(ティーカップだよ。見てわからないかい?私からの贈り物だ)

有り難く受け取るがよい――――という微笑を浮かべてカップを渡す達彦。



「……なんて似合わないんでしょうねぇ」
ぼそりと呟いた高良に聖は怪訝な表情をしてみせる。
「お前何笑うてんのや?」
けったいなヤツやなぁ。と聖はキッチンから出ていく。その後ろ姿を追いかけて高良もリビングに戻った。
「いえ。達彦さんが志島さんにあのカップをプレゼントをしている様子を想像してみたら可笑しくなって」
瞬間。聖の動きが止まった。
「――――変なこと言うなや。気持ち悪いやんか」
しかし、そういう顔はにやにやと笑いが止まらない。そしてたまらずに爆笑した。が、すぐに顔を引き締める。
「ほんまにそんなことあるわけ……ないはずや。うんうん」
一瞬口ごもる聖。後半部分は自分自身に言い聞かせているような素振りがある。

【その2:ある日の神島家】

(雷電、こちらへ来るように……)
(何用でしょうか?)
(これをおまえに渡そうと思ってね)
(―――これはティーカップ、でしょうか……)
(それ以外に何に見えるんだい?)
微笑を浮かべる達彦。
(美しいだろう?まるでおまえの肌のように………)
さわり。
伏し目がちに、達彦はそっと。秀麗な使役の顎に手を掛け……

以下自粛。

「あかんっ!何するんや、達彦のヤツ!ユミちゃんに手ぇ出しよったら二度と言うこと聞いてやらんわっ」
いきなり怒鳴り散らした聖に驚いて高良はおずおずと話しかける。
「あの。どうかしましたか?」
キッと睨み付けてくる聖に一瞬引いてしまう。
「俺のユミちゃんにあーんなこと、こーんなこと、ぜぇったいに、許さへんっ!」

一体、何を想像しているのでしょうか……

高良はほんの少しだけ心配してみる。自分とて、妙な想像をしてしまったのだからちょっとした共犯者だ。

「……落ち着いて下さいよ。戸倉さん」
「これが落ち着いていられるかいっ!あのガキ、ユミちゃんに〜〜」

って。ただの想像(もとい妄想)ぢゃあないですか……
ここまで在らぬ疑いを掛けられれば、いかに達彦であろうとも不憫というモノ。高良は嘆息をしつつキッチンに戻り、例のティーカップを再び手取った。こうなれば仕方がない。

「あ。しまった」

芝居がかった声音。
その一瞬後。

がっしゃーん………

「ああ。申し訳ございません。戸倉さん。志島さんの大切な、大切な、使うのも勿体なくて、戸棚の奥深くに隠すようにしまっていた大事なティーカップを僕の不注意で落としてしまいました。あまり綺麗なモノだから手に取ってみようかと思ったんですが、思わず手が滑って叩き壊してしまいました〜」
ペコペコと頭を下げる高良。
その態度とあまりの説明的な謝罪の言葉に聖は言葉を失ってしばし呆然としていた。

「……。気にするなや」
「そうですね。ではお茶の続きでもしましょうか」
にこりと微笑むと高良はリビングへと戻っていった。

「さっき、叩き壊したって聞こえた気がしたんやけど。気のせいやろか?」
困惑の表情を浮かべた聖は無惨な姿のティーカップを片付け始める。
「―――まあ、ええか」
余計なモノは無くなったのだ。聖はちゃっちゃと終わらせて高良の待つリビングへ急ぐ。

「遅いです、戸倉さん」
ささ、と高良は空になっていた聖のカップに珈琲をいれてあげた。
「それでですね、志島さんのコトなんですが、戸倉さんはつまり何でも知っていると言うことですよね?」
「ん?何言うてんのや。当たり前や。わからんコトあったら何でも訊きや」
胸を張って答える聖。それをにこやかに見遣って高良は口の端を微かに持ち上げた。この些細な変化は誰にも判らないだろう。見た目だけはいつもと変わらないのだから。
「頼もしいですねぇ。ではお訊きします。志島さんって「どう」なんですか?」
これには流石の聖も口を噤んだ。一体なにが「どう」なのだ?
「………なんや、ソレ?」
「いろいろですよ〜。戸倉さんしか知らない「ヒミツ」とかありますよねぇ……?」

意味ありげな笑顔。
それに気が付いて、次第に聖の表情にも笑顔が浮かんでくる。
結局は「いろいろ」と話したくて仕方がないのだ。

「―――ヒミツやで。ユミちゃんはなぁ………」


王様の耳はロバの耳

こんな言葉があっただろう。



のんびりとした時間にそぐわない会話が続けられている。
その「ヒミツ」とやらを意味ありげに聞き、相槌を打っている中央の術者一人。
一人ほくそ笑む姿はまた恐ろしく……


その後。
この時の失態をひどく後悔した人物がいるのだが、それはまた別のお話。



――― 志島さん、貴方のコトは全て存じ上げておりますよ……ふふふ ―――


Three Stars の琥珀さまから、10935ヒットのキリ番リクエストで、「延々と弓生の話をする高良と聖」を書いて頂きました。
にこやかになにやら企んでいる高良が怪しくて素敵です。
琥珀さま、どうもありがとうございました!